作品紹介
覇王樹 選歌
◆平成29年 6月号
確かめて幼が渡る交差点右手をあげて母を見上げる 南條 和子
いつの間にか半オクターブ下がった声言葉にならない傷跡なのか 山口美加代
葬列の吾らと死者に永遠の別れはなきと「カノン」流るる 井手彩朕子
何百年ぶりの如くに思ひ出す石膏像を描きゐし日々 臼井 良夫
縄文の時代も吾の青春も過ぎて等しき歳月となる 児玉南海子
体験を終えて帰れる夫無言その後ヨガを語ることなし 佐々木礼子
悲しみを知り始める児のシャボン玉いく度もいく度も空へと放つ 高橋美香子
一にちの糧に足るるか白鳥の漁り忙しき雪解けの田に 田口 耕生
最初はぐうじゃんけんぽんの声降れり白木蓮の花の道ゆく  青山 良子
何しても上手くいかないゾウさんを笑い飛ばして先読みいそぐ子 小笠原朝子
コンビニにどこでもドアのあるやうな気のして入るともかく入る 高田 香澄
ダツシユして黒森山に向かひ行くランナー群の桜(まと)へり 土屋 紀生
熱いよと娘の持ちくるる茶碗蒸しふっと漏れくるかつての匂い 今野 和子
遠きより声なき声のさくら花さくらさくらのいのちの鎮む 佐田  毅
『九十歳何がめでたい』の愛子さん相槌打ちつつ夏繰りゆく 西口 郁子
四人部屋初の出会いのシニアなり話花咲き不安消え行く 松下 睦子
雪柳手招きされて近寄ればハラハラ白き涙をこぼす 三上眞知子
わが庭に亡びしものの数かぞへ栄枯盛衰のこと思ふなり 水谷 和枝
訪ひゆけば昼の花街鉛色雲垂れこめて提灯ゆらぐ 山北 悦子
次々と寄する細波生き生きと輝く(うみ)が言葉を積める 吉田 和代
心して我利我利亡者にならぬよう己はげます南天の紅 渡辺ちとせ
反抗期の息子の開けし壁の穴かの日の若さ鎮かにうづまる 岩本ちずる
音もなく弥生の大気冴え渡り星は満ちみちて空に張りつく 中村ま寿子
祈祷料は三段階です待ちうける格差はかくぞ心してゆけ 渡辺茂子
まる二合呑んできつちり封をする純米吟醸まんさくの花 高貝 次郎
さあ行くぞ己に活をいれて立つ夫の看りのながびく院に 田中 春代
ハイタッチしたる隣家の三歳児のやわらかな手と得意げな顔 北岡 礼子
女房が食後に出せるコーヒーの銘柄はべつ安いのはわれ 川口 六朗
震災で二人の幼逝きましぬ墓前に並ぶ数多の玩具 草刈あき子
震災に痛みしままの岡の墓碑なでつつ洗う六年目の春 今野惠美子
空耳か母の「おかえり」聞こえきて誰も居ぬ部屋仄かに明る 髙間 照子


◆平成29年 5月号
立ち止まり戸惑ひにつつ生きゐるにばらは真赤な大輪咲かす 友成 節子
立春の日に逝きし義母(はは)十年の時過ぐる今春が重たい 三上眞知子
ハイといふ返事は上手にはつきりとほめればハイハイ何度もかへる 三原スミ子
何もすることがないから引く辞書の頁の7が9に見える日 臼井 良夫
生まれ年昭和と書くを喜びしその子も今は腰曲がりたり 今野 和子
ひとり居の部屋で詠みつつ懐しむコーヒー入れてくれたる夫を 篠原 和子
妻の忌に川の流れを見つめゐる桜吹雪をまともに受けて 高貝 次郎
やうやうに妻が手術も決まりたり春一番へ貌上げてゆく 橋本 俊明
看護師の名札を見れば「李」と書かる達者な日本語同胞よりも 伊藤 弘之
昨年の枯れ葉の残る霊園に夫の影呼び飯食むわれは 吉田 和代
はるばると来し人生を振り返る山里の寺に夕鐘聞きて 広瀬美智子
使ひ過ぎと診断されし右手腫る幾許の歌書きしばかりに 田上 治子
わが裡のよりどと求めし文学全集書棚のしじまセピア色めく 西尾 繁子
風落ちて茜の空は暮れ泥む闇は重ぬる闇また闇を 佐田  毅
春一番とよもす庭に苞ゆるび蕗の薹ふたつわらひだしたり 高田 香澄
「ソロソロと近くお迎え来ますかね」碁石をぴしり打つ老父(ちち)の指  高橋美香子
梅の枝にしきり囀るメジロ二羽見上げる吾に丸き瞳の合う 田中 昭子
独りなる朝食をとる虚しさにせめて真赤なトマトを添える 田中 春代
これほどに大きなまなこであったかとゆっくり猫のまぶたを閉じる 玉尾サツ子
春浅し透析後の夫に買う焼芋一本熱熱のもの 山口美加代
怒つても笑つても皆皺となり映る鏡に朝の陽ぬくし 蕨岡 文枝
幼子は綿菓子を抱く雲を抱くオーロラ色の雪くれを抱く 石川 文子
夕茜この色が好き夕茜我が身も魂も溶けて悔いなし 松下 睦子
富士の絵の一月二月カレンダー繰れば桜の三月四月 毛呂  幸
赤き身を噛み殺すのは鮫でなく僕達なりと鮪をつまむ 渡辺 千歳
きさらぎの真昼ふたりの繭籠りぼた雪見つつコーヒーすする 清水 典子
この町はゴミの選別要らぬとふ知らぬ同志の吾ら和めり 井手彩朕子
グランドに集う仲間のかしましく老人パワーで雨雲払う 奥井満由美
急逝の友の最後の手紙にはボンベはずして春の野飛びたし 今野恵美子

◆平成29年 4月号
二尺余の軒のつららの反す陽に小正月朝のカーテン開くる 佐藤 愛子
かきくらし降る雪のなか脚垂れて刑人の如し鷺の飛過見ゆ 橋本 俊明
ポケツトにちびた鉛筆メモの紙浮かべる言葉失はぬため 広瀬美智子
返信をポストに入れて思ひたり手紙いかなる旅してゆかむ 三原スミ子
深皿にレタス盛りつつしんしんと雪降るあした恣意あやふけれ 渡辺 茂子
昨日の葉書が机に鎮まれる南へ旅し逝きにし人の 石川 文子
母と姑すでに亡き今母の日のカーネーシヨン売場往きつ戻りつ 今畑 敏子
身の丈の生活を常に云いましし姑の教えの今も尊し 今野恵美子
三日月の嫉妬するがに湖の眠りを誘うささめく光 木下 順造
トランプの言ふことなすこと手に負へぬ人を指さすあの太き指 佐田  毅
いつか死ぬ生を持ちつつ人はみな死んでみるまで死ぬのは他人  臼井 良夫
雪を掻く音に目覚めて夫起こす隣の雪掻き始まっており 玉尾サツ子
比良おろし湖上貫く一陣の風はたちまち獅子となりおり 山中 貞三
沖縄が琉球王国でありし日の珊瑚のかけらとなりて眠らむ 佐田 公子
病む友の賀状の文字の去年よりも線のしつかり形ととのふ 斎藤 叡子
病室で姉の口元見つめつつ聞きもらさじと頬を寄せたり 篠原 和子
愛という疾風(はやて)に吹かれし後のごと桜の木下影のざわめき 高田 好
流れいし亡母の血潮の色なれば今日も付けたり形見のネックレス 高橋美香子
残すもののみを選んで決めてゆく我が物欲は未だまだ健在 成田ヱツ子
帰りなば疲れたやろと娘は優しそのひと言で疲れ忘るる 西口 郁子
凩に失せしや姉のかすれ声誕生の日のそこまで数日 土屋 紀生
老いぬれば小さく軽くシンプルな品を選びぬ加湿器もまた 青山 良子
どんど焼き大阪弁の輪に交じり結び目とけて話はずめる 吉川 恵子
好きな子の好きなところをこっそりと一つずつきく問題の間 渡邊富紀子
大掃除済ませたはずのパソコンの周りが既にカオスと化せり 篠原 精一
「お母さあん」叫び果てゆく特攻隊私最期も「お母ちゃあん」哉 松下 睦子
哀しみに寄り添うことの多くなり酉年に願うささやかな幸 三上眞知子
変わらない変わる変わった変わるとき緑のサラダに酢を少し足す 森崎 理加
ふるさとを離るることなく半世紀友の存在吾らの居場所 井手彩朕子
忘れいし子や孫を抱くその重さ曾孫抱けば想い出しおり 上村理恵子

◆平成29年 3月号
行き交へる舗道に散り敷く銀杏黄葉悲鳴のごとく足うらに鳴る 斎藤 叡子
石田川へだててのぞむ埼玉に屋敷林あまた見えつつ遥か 高田 香澄
指そらせ助けを求むる手袋はホームの端の危うさにあり 高田  好
再びの生命もらひし子が躰八度目となる新玉の春 西原寿美子
「わたしには金目の物はありません」電話へぴしり妻の勢ふ 渡辺 千歳
汽車といふ言葉消えたるこの今も俺の頭を走るD51 臼井 良夫
過去消せる消しゴムあったら…輝いた日まで消えるか買わずにおこう 三上眞知子
「その時は本当に悲しかつたんです」台詞に言へば闇落つるもの 山北 悦子
稜線のあはあはかさなる彼方にはおごそかにおはす白肌の富士 清水 典子
くきやかに秩父連山の見ゆる日よ関東平野は冬に入りゆく 水谷 和枝
機影二機西に向ひて染まりをりよもや戻らぬことはあるまじ 佐田  毅
震災で転居三回我が家に移りし従姉幼にかえる 草刈あき子
女性徒にやさしく首を撫でられつつうっとりとする鹿のまなざし 国友 邦子
亡き母の服を捨てむと出だせども迷ひ迷ひて虫干しにせり 佐田 公子
友よりの今年も届いた年賀状跳ねたる癖字にホッと和みぬ 高橋美香子
「毎日が楽しいですよ」九十の耳朶のピアスがきらきら光る 田中 昭子
冬野ただ一点見つめ夢観音お顔の汚点(しみ)も涙に見ゆる 土屋 紀生
新雪に残る足跡紛れなくわが物にして歩幅の狭く 小西 喜弘
寺の名を五音で呼べる安らぎにゆかりの寺を指で数ふる 高貝 次郎
高齢者施設の住所長しながし自嘲自虐の健康延寿 橋本 俊明
孤影ひとつ置きて帰らむふたたびは来ることなけむ岬の果てに 渡辺 茂子
誰もまだ寝てはならぬと告げいるやライトアップを競う街街 吉川 恵子
ひと日着たフリースパジャマに風邪の子の温もり確かめ洗濯をする 渡邊富紀子
湯の中の豆腐ぐらりと動きたりつぶしてみたき衝動おきる 北岡 礼子
年の瀬が目の前にある未消化の仕事の嵩は身の丈超える 南條 和子
気が付けばいつもの様に時流れ年末年始過ぎて逝くなり 松下 睦子
背負ひたるグレーのリユツク弾ませてアドリア海を指し走り出す 石川 文子

◆平成29年 2月号
あまりにも早き初雪いらいらと苺大福とりあへず食ふ 臼井 良夫
干している大豆を踏めば小春日の庭に音して実の弾けとぶ 草刈あき子
旅人の心はしのに奥琵琶の落葉の果てる楽土を踏みぬ 木下 順造
武蔵野にはらら降る雪霜月の小暗き林の径の明るむ 佐田 公子
鳥の名を付けしは誰ぞ杜鵑草小寒き風にほろほろと散る 佐藤 ふみ
身も心も透明になる過程かと薄くなりたる胸に手を当つ 成田ヱツ子
いきいきと音を立ているそれぞれが音符のようなベジタブルサラダ 高田  好
旗印などない世を生きている街に輝くLEDの大樹 山口美加代
言ひたきを飲み込める夜は目の冴えて惑へる風の声探しをり 岩本ちずる
窓越しに黄いろ豊かな石蕗に真向いひと日のスタート切らん 田中 昭子
牛乳と水のみのどを通過する生きる力は弱音はかさず 岩井喜代子
歯磨きを終へたる顔を写し出す虜となれる歪むナルシス 佐田  毅
動かないと動けなくなると捻子を巻き一人の食器も小分けに運ぶ 青山 良子
さほどまでへりくだらずもよからうと言はるる御礼の手紙を直す 石川 文子
バーコード一瞬に読むコンピユーター値切る余地なき買物となる 伊関正太郎
五能線観光客は喜べど地元の人らの乗るは稀なり 伊藤 弘之
作業用ミシンの上に色褪せし緑の帽子誰を待つにや 国友 邦子
わがもてるボランテイア精神全開し観光案内のひと日が終る 井手彩朕子
亡き妻の貰ひし花籠今に生き生みたて卵を集めて入るる 小西 喜弘
人の住む家はこんなに少ないか限界町内だらけの街か 高貝 次郎
あたふたと引越す友との別れなり雪降り来たる霜月なかば 田口 耕生
水飲みに来る縞猫か夜の庭を掘りて肥をば埋めてゆきたり 高田 香澄
舗装路の堅きに落ちて潰されむ団栗多し僕を見てゐる 橋本 俊明
みづからを励ましにつつ家事こなし反動のごと椅子に居眼る 広瀬美智子
車座の歌会を覗く幼からす声は威嚇か相の手なるか 渡辺 茂子
迫りくる津波に叫ぶキャスターの「逃げて」の声をあの日は聴けず 金澤 憲仁
水俣に蘇りたる蒼い海恥じることなきチッソが淀む 石橋 謙三
鄙びたる村訪ね来て見入れるはくちびるに紅さしたる秘仏  北岡 礼子
いわし雲訓練室にこだまする白蓮の歌天まで届け 篠原 精一
おろしたて紺のスニーカーの紐結ぶ背中に秋が負ぶさってくる  髙間 照子
こともなく一夜を過ごし朝まだき生きて目覚めて聞く訃報かな 永田賢之助
のど奥にザリリザリリと生え出した雲母のような言えないせりふ 森崎 理加
霜月に雪降る東京遥かなり長崎は晴れ水イカ祭り 山北 悦子
売り物にならぬ大蕪貰ひ来て干せばこよなく甘き香のたつ  蕨岡 文枝
◆平成29年 1月号
幼児は息つめ一点に覗きたり蜻蛉の羽に透く未来図を  渡辺 茂子
不作なる柿を小鳥と分け合いて食えば一人の暮らしも愉し 青山 良子
ひらひらと舞ふ夜ありなむ観音の千の 手底 ( たなそこ ) ほそき 手末 ( たなすゑ ) 帯野寿美子
日溜りに素足投げ出しまどろめば過ぎたる日々はみな幻か 児玉南海子
背後よりふんはり肩掛けかけくるる鍬胼胝厚き大いなる手が 清水 典子
ロンロンロン耳鳴り止まぬ一日をさも老化せし男が動く 田口 耕生
すれ違う人皆哀しき面を持ちブルーグレーに空は暮れゆく 三上眞知子
アドレスに なくな ( 797 ) を選んでくれた君のため笑い顔を鏡で作る 森崎 理加
今は亡き友と歩みし道端に種をこぼせるかたばみのあり 吉田 和代
目標の八十歳に届きたりあとは幾ばくをつつがなきにと  上野 安世
傘寿なる友の祝賀を言祝ぎて精一杯に『乾杯』称う 村尾 道生
イヌマキは十月桜の傍らで葉もつややかにきりっと立てり  清水 素子
木苺の垣くれなゐに瑞々し嫁ぐ娘と見る揺るるコスモス 石川 文子
めっきりと目の衰えたる老い母に新聞歌壇読み聞かせいる 藤峰タケ子
グラバーの墓前に一本フリージヤ黄の色意志もち立ち上がりくる 斎藤 叡子
亡き父はわれを叱りしこともなし姫山の麓懐かしきかな 佐田  毅
観光に小江戸川越訪れる老いも若きもスマホの奴隷  伊藤 弘之
次々と股下くぐる猿たちにガツツポーズの七歳の笑み 岩本ちずる
さやさやと過ぎゆく風に身をまかせ白萩ゆるる野路の玉川 奥井満由美
連れ合ひを亡くせしひとら十余人語りて飲みて芋汁を食ふ 小西 喜弘
秋の日の暮れゆく午後のさびしさを話しかけたる夫は逝きたり 篠原 和子
金離れいいと思わぬ己が性せみしぐれ中孫を連れ行く 渡辺ちとせ
片耳は片目と同じ両耳を揃へてこその補聴器なのだ  高貝 次郎
雨待ちて豌豆の種子蒔きし畝四匹の仔猫がまた崩しゆく 橋本 俊明
霜月の夕暮れ時は淋しくて茜の空に人を恋いおり 松下 睦子
幸せのかけらが籠に積もりゆく汗する親子の玉入れ競技 吉川 恵子
三歳の孫の言葉が東京のアクセントなるを少し寂しむ 北岡 礼子
なまめいて攻撃的な集まりの石榴の種子は欲望の色  高田  好
「盛り土」の文字見えぬ日の無き新聞紙先の見えない移転問題 高橋美香子

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