作品紹介
覇王樹 選歌
◆平成31年 3月号
  マーブルの如き波紋の湧きてくる眼球といふ底なしの宙 臼井 良夫
  草抜きつつ金子みすずとなるわたし草の気持ちを土のきもちを 岩本ちずる
  ワンサイズ小さき手帳買いて来る一行で足る良き事のため 児玉南海子
  みんな居て淋しくないよと呟けばのれんの絵柄のフクロウ笑ふ 佐藤 ふみ
  よく働く部下に名前をつけやらん洗濯機は 清羅(きよら) 掃除機は爽治 高田 香澄
  車椅子コスモスに寄せしばらくをうす紅いろに染まりいる(ひと) 田中 昭子
  山鳩のくぐもり鳴ける昼下り姉の形見の作業着繕ふ 友成 節子
  ざらざらと落ち葉引き連れ生ぬるくその角曲がる引っ越し車 森崎 理加
  ハンガーは退屈さうに下がるまま服を選べぬ不平も言はず 広瀬美智子
  唐突にわが左手を執りて書く物言へぬ君の最後の言葉 橋本 俊明
  「お帰り」を言ひ重ねたる玄関に帰る者なく暗がり迫る 井手彩朕子
  空っぽの箱に思い出を詰めた詰めても詰めても隙間が寒い 山口美加代
  ヨーイドンもう一回ねヨーイドン曽孫は走る動画の中を 上村理恵子
  わが生れし日にちは奇数 なにがなし小春日和の温もりの欲し 吉田 和代
  父の出すまあるい煙のドーナッツ吹き消し遊んだ幼のわたし 渡邊富紀子
  マスコミがゴーンゴーンと"金" 叩くお寺の梵鐘ただ静かなり 石橋 謙三
  いと易くメールアドレス五人らの削除の後の想ひは消えず 伊関正太郎
  寡黙なる若き主治医と目を合わせ話すことなく次回の予約 奥井満由美
  九百円値切つて靴を買ひたるがネットで見れば金額同じ 川口 六朗
  持つ者と持たぬ者との端境でこの世の富を捨ててゆく我 古城いつも
  おもてうら見せて紅葉の散り尽くすしずかに土に還りゆくべし 今野恵美子
  ユズリ葉の揺れる山道越える時孤独かみしめ早足となる 佐々木礼子
  大枚をはたいて買いしゴム長は玄関先で大欠伸する 鈴木 純子
  病める日も勤めきびしき日も共に生き来てダイヤ婚 ひまはりの花 清水 典子
  アイヌ語の学校のない日本です そのアイヌ語のフカウヂの里 高貝 次郎
  裏道を行けば長屋の続く路地ひと昔前の息子が走る 南條 和子
  大掃除しなくても来るお正月窓の汚れに両目を閉じる 菊池 啓子
  髪を梳く縁先のわれへ降りそそぐ光の海に心ほどける 中村ま寿子
  シカゴから正月帰省の次男たち蕎麦と寿司とをたらふく食い溜め 山中 貞三
  楽というグレイヘアーを聴き流し黒に華やぐ枯れ方えらぶ 吉川 恵子

◆平成31年 2月号
  もみぢ葉の下照る宴に聞きゐたり満州引揚げ一()の人の 山北 悦子
  人間界脱出したし秋あかね群れ飛べる空今日は蒼なり 渡辺 茂子
  制服のあの子はたぶん後輩でスマホにイヤホンマスカラマツゲ 渡邊富紀子
  青春のあらゆる感情つめ込んだ昔のうたははち切れている 児玉南海子
  七台のモーターボートが浮き浮きと音たて走る休日の河 清水 素子
  靴下を脱ぎて仲間と足湯せり四人の足指ぱらりひろがる 鈴木 純子
  私まで消し去られいん天窓を磨く人の手頭上で行き来す 高田  好
  綿々と広がる家系図見る如く亡母(はは)の曽孫は元気に育つ 高橋美香子
  植物は人を裏切らず老いわれの手塩に応えてくるる鉢花 青山 良子
  一秒も先のことなど思ふなき猫が丸まる日向の中に 臼井 良夫
  関わりの薄き犬蓼ぬすびと萩足に飛びつく哀れ草の実 村尾美智子
  もうずっと本当のあなたを見ていないマスクで隠す知らない口元 森崎 理加
  ハタハタのぶりこを食みて男ども正月集ふ夜長の酒に 伊藤 ゆき
  玄関に狭しとばかり釣り竿の並べるこの趣味亡き夫ゆづりか 今畑 敏子
  思い切り泳いでみたいがままならず水中歩行老体浮かせて 山中 貞三
  めでたくもめでたくもなし文化の日九十三歳他人のようだ 石川  梓
  明治より四世を経たる都の名所ブラタモリめく東京ツアー 伊関正太郎
  きらきらとメダカの泳ぐ蹲踞は秋空すっきり映していたり 浦山 増二
  図書館の休憩室でワンカップ確かな市民度見せて男は 古城いつも
  希望的観測終わり念じえぬ病となれば手術なるとう 渡辺ちとせ
  ワン切りの電話すばやしエジプトを旅する孫の元気のサイン 清水 典子
  赤紙で戦地へ行つて帰還したをとこの唄ふ「湯の町エレジー」 高貝 次郎
  ヤマザキのシール集めて得し皿を投げて割りたる短気くやしも 高田 香澄
  この里に人絶ゆれどもとこしへに宮居の榧の木変らざるべし 友成 節子
  病む我に病む孫預ける娘達選択肢なきが今の時代か 成田ヱツ子
  母と息の距離はそのまま月一度郵便物をとりにくる子は 南條 和子
  それぞれにハードル抱え迷い居る子等の明日を夕日に祈る 松下 睦子
  秋刀魚まつり青きさんま箱の中海が恋しと眼をうるませて 佐藤 ふみ
  未読メール一括削除秋の夜はこだわり事を葬らんかと 髙間 照子
     

◆平成31年 1月号
  本門寺長い石段昇り切り振り向けば秋  亡母(はは) 生れし街 三上眞知子
  労はるることを重荷と思ひたる小さき自負を持て余しをり 渡辺 茂子
  あの窓のひとつひとつにあるドラマ仮の宿りを明るく灯す 児玉南海子
  毎日の嘆きに過ぎぬ歌いくつ手帳にメモし今日締めくくる 佐々木礼子
  バーゲンの幟をたてるペットショップ成犬前の在庫処理とう 高田 好
  また逢ひて結婚しますかと夫に問ふ未だみぬ国の穏しくあらむ 友成 節子
  潤兄(じゅんにい)はここに居ることそのことが生きる理由と子らに教はる 西原寿美子
  古テレビの中なる騒ぎわが家には縁もゆかりもなきハロウィン 橋本 俊明
  眼を離すうちに忽ち暗くなる霜月の空不可思議な空 佐田 毅
  胸板の汗をふかざる白鵬と力を込めて拭く栃ノ心 高貝 次郎
  シューベルトの歌曲を愛すマスターはいづこでなにを偲びつつ佇つ 岩井喜代子
  二〇一五経済誌特集に騒がれしピケティ理論最近聞かず 村尾 道生
  請うような魚の眼に見つめられ振りあぐる出刀一瞬ひるむ 藤峰タケ子
  公園の赤き落葉を踏みながら吹きくる風を存分に吸う 篠原 和子
  可愛いは悲しいと似ていると小3の子の語る口元 森崎 理加
  ほころびを隠したままで少年は風の向こうの湖に問いたり 宮本 照男
  とほき日の片恋おもへり白き雲浮かびて車窓に(ひら)く瀬戸内 山北 悦子
  もう少しほんの少し元気になったら旅に行く筈だった男 山口美加代
  メダカさん七日の留守番ありがたうさあ召しあがれもぐもぐタイム 井手彩朕子
  学校のブロック塀は工事用フェンスに代わり〈危険〉の色に  小笠原朝子
  何にでも付けたい気持ち今日もまた平成最後とバスの旅行く 松下 睦子
  あじさいの藍色しずめにわか雨間奏曲の苦き幻想 渡辺ちとせ
  特攻兵は開聞岳をひとめぐりしては祖国に別れを告げぬ 有田 秀子
  それぞれの身の上話もあるらしく落ち葉は背戸の隅に寄り来る 永田賢之助
  病人は気難しくなりわが心おれそうになる日が増えてゆく 北岡 礼子
  エノコログサ道の片辺に群れ群れて風吹くままに身を委ねいる 国友 邦子
  一ミリも変わらぬ位置に錦帯橋我ら母校も遠くそびえる 高橋美香子
  長崎のお米は甘くて旨いとう孫よ日本はお米の国ぞ 田中 昭子
  ちりちりと日がな一日雨ふりて冬を誘う霜月に入る 中野 悦子
  桃色の三葉の花にシジミ蝶とまる止まらぬ思案の戯れ 南條 和子

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