作品紹介
覇王樹 選歌
◇令和元年 6月号
  栞紐ページに挟み明日の事あしたはあしたとスタンドを消す 鈴木 純子
  一時間待たねば来ないバスなれば土筆摘むなり手に余るまで 栗山 恵美
  プライバシーが時に大きな壁となり行方不明のうわさ流れる 児玉南海子
  青々とブロッコリーを茹であげて熱きをほおばるいち人を待つ 今野惠美子
  なぜそこを選んだのだろコンクリの割目に咲けるタンポポ私 髙間 照子
  青白く輝く鳥のような眼で吾を見る君まだ十五歳 高田  好
  四十年の勤めの集積小さき庭白き花多し少し豊けし 橋本 俊明
  会はねども垣根に覗く白木蓮の白浄しかな住みゐる人も   渡辺 茂子
  何となく母と似てくる傍らに出さるる物は残さずに食ふ 臼井 良夫
  鈴蘭とミモザを植ゑて願ひごと根を張れ芽ぶけつぼみを出だせ 高田 香澄
  職退きて始めし夫の陶芸よ形見となりて吾と生き継ぐ 谷脇 恵子
  菜の花や最南端の無人駅黄に紛れゆく旅人で満つ 吉川 恵子
  風呂敷に包めばどこでも納まりぬ順応すれば渡世は易き 古城いつも
  富士山が素晴らしいよと呼ばふ人居らず夕映えの絶景にひたる 鈴木 和子
  孫よりの亥の字の疑問きびしくて七歳にわかる答あぐねる 富安 秀子
  救急車夜更けに何処へ行かむとす東より来て東へ走る 佐々木礼子
  波の音近くに聞こえる林中がお気に入りだと微笑む外人 清水 素子
  年ごとに共に見上ぐる人変わる今年は夫と二人の花見 高橋美香子
  一病をもちて夫との会話ふえとりとめもなく語る夜のあり 田中 昭子
  筆先で埃払はるこそばゆさ雛のくさめを紫宸殿に聞く 常川  緑
  束の間を別の世界に入るべく文庫のページ急いでめくる 三上眞知子
  寺隅に二日遅れの節分のふたつ三つの鬼の足あと 宮本 照男
  僕ならば席はいらない傷だらけの車椅子と葡萄酒がある 森崎 理加
  ダスキンを替えて去りゆくねえさんの足跡残し春の雪降る 佐藤 愛子
  能代市にある居酒屋の「くつろぎ」は豪風関の後援会の名 高貝 次郎
  年毎に同じ誓ひをくり返し九十年を吾の生き来し 西口 郁子
  一日がやっとこさよと思いつつテレビ見ているそれも楽しや 松下 睦子
  妻子らは松坂牛を食む横に伊勢えびのみの我と感づく 渡辺 千歳
  聴こえくるまな板の音たしかなり娘の調べ夕餉に広がる 石川  梓
  如何ほどに米国社会に馴染みしやハロウィンにクリスマスの絵 伊関正太郎
  方代の歌から抜けしこおろぎが静かに鳴けば酒の冷めたり 石橋 謙三

◇令和元年 5月号
  誕生日に子等のくれたる花束を花瓶に活けて水かえ重し 今野惠美子
  だんご虫指で弾いて転がして春陽吸わせる玄関マット 佐々木礼子
  もちの実の朱の色いまだ枝を染め庭の車のミラーに揺るる 友成 節子
  すこやかに家事に追われて暇なしかかる暮らしも幸いとして 藤峰タケ子
  叶はざりし夢のいくつか踊り子の真似して一人ステップを踏む 成田ヱツ子
  別れではないと心に言い聞かせ墓前に立てば春の雪降る 山口美加代
  吹雪く空 材木背負い軽トラは芋虫のごと山くだり来る 吉川 恵子
  壮年のペテルギウスよ二人子を腕に抱えて角曲がりくる 渡辺 茂子
  杉花粉舞ふ如月の風の日に遠く聞こゆる昭和の唱歌 臼井 良夫
  会話にも簡約なせる手振りして二人の影は大きく逸れる 渡辺ちとせ
  彷徨いの日々に疲れて帰宅せる足を引きづる月光の下 松下 睦子
  男鹿港の塩汁鍋のあやしかり此れはナマハゲの結界の味 永田賢之助
  夢焼けとふ言葉に出逢ひけふひと日焦がるる想ひ胸に潜めむ 西原寿美子
  新幹線こまち降りれば赤き血の流るるごとき夜の東京 中野 悦子
  バイクとめ郵便配達の若者が黒鯛釣りの浮子を見てゐる 川口 六朗
  春待ちの夕べはカレーうどんなど二人の食卓二年二か月 古城いつも
  悟りたる象の如くにまた一人歌会を静かに去りゆく二月 鈴木 純子
  願うとは注文を付くるということ今頃気づく雲の切れ間を 高田  好
  小さき嘘いくつつきしか除夜の鐘余韻となりて彼方へ消えよ 髙間 照子
  クローバー足裏に弾ませウォーキング茜に耀ふ富士仰ぎつつ 清水 典子
  「一片の悔いなし」力士人生を閉ぢる言葉と涙の重さ 高貝 次郎
  犯人をイノシシだけにしてならぬ今年の干支に失礼無礼 青山 良子
  聞こえくる町内巡りの「火の用心」十歳の孫の声を探しぬ 岩本ちずる

◆平成31年 4月号
  鎮魂の祈りの象にこんもりと森をのみ込み雪降り続く 児玉南海子
  着信音バツグの中に鳴り響きうろたえ辿りつく頃切れる 鈴木 純子
  体力の戻らぬ夫に仕えんと思いいるのに声荒げたり 玉尾サツ子
  競ひつつ互みにうたを詠みてゐきその日のありて今を生きゆく 友成 節子
  蕗を売る嫗明るし伸びすぎた商品これは伸びすぎでんねん 南條 和子
  ガラス戸に付きたる寒の雨雫生あるさまに次々すべる 広瀬美智子
  上げ馬の神事を語るくどくどと言ふらし子等は写メを撮りゐて 橋本 俊明
  歌なくば漠とし消なむわが一生生きの証の歌を詠みつぐ 清水 典子
  かたくなに人に合はさず帰り来ぬ直立の電柱いくつ数へて 渡辺 茂子
  とんとんと七草刻めば芹・なづな香り立ち来て野の人となる 斎藤 叡子
  父母も暮らしし家もあらざれど眼裏に見ゆ虹立つごとく 高田 好
  油絵の絵の具を重ねていくように冬の寒さは日ごと濃くなる 石橋 謙三
  元日のピリピリ触れる朝戸開けこんな朝吾この世に出でし 伊藤 ゆき
  ちかちかとスマホの光る左手に見たこともなき君の横顔 浦山 増二
  四十年記し続けし家計簿に過去となりゆく我の歳月 草刈あき子
  年々に鏡餅の小さくなり神に詫びつつ拍手を打つ 佐藤 愛子
  世界一長いシベリア鉄道は日本兵六万の犠牲者の上に 有田 秀子
  お見舞の礼にと届きしシクラメン元気もらふは私なのです 井手彩朕子
  孫達の書棚に並ぶさまざまの中から選ぶ『スーホーの白い馬』 高貝 次郎
  あれもこれも遊べるままに散らかして幼子重く腕に眠れる 成田ヱツ子
  春の海がひろがるように目覚めゆく寒の若布を湯にくぐらせば 田端律 子
  ポチ袋開けて見る孫にっこりと「また来る」と言う新一年生 大野 雅子
  夢に出で来ませよ亡父よ五目並べ対戦ノートは我に負けたまま 高橋美香子
  われに席を譲りくれたる中学生のはにかむ顔にバスを降りゆく 田中 昭子
  また一つふえし病名には触れずひとりホームに孫を見送る 藤峰タケ子
  さっきからながいながこさん呼ばれふじいふじこさん呼ばれ 森崎 理加

◆平成31年 3月号
  マーブルの如き波紋の湧きてくる眼球といふ底なしの宙 臼井 良夫
  草抜きつつ金子みすずとなるわたし草の気持ちを土のきもちを 岩本ちずる
  ワンサイズ小さき手帳買いて来る一行で足る良き事のため 児玉南海子
  みんな居て淋しくないよと呟けばのれんの絵柄のフクロウ笑ふ 佐藤 ふみ
  よく働く部下に名前をつけやらん洗濯機は清羅(きよら) 掃除機は爽治 高田 香澄
  車椅子コスモスに寄せしばらくをうす紅いろに染まりいる(ひと) 田中 昭子
  山鳩のくぐもり鳴ける昼下り姉の形見の作業着繕ふ 友成 節子
  ざらざらと落ち葉引き連れ生ぬるくその角曲がる引っ越し車 森崎 理加
  ハンガーは退屈さうに下がるまま服を選べぬ不平も言はず 広瀬美智子
  唐突にわが左手を執りて書く物言へぬ君の最後の言葉 橋本 俊明
  「お帰り」を言ひ重ねたる玄関に帰る者なく暗がり迫る 井手彩朕子
  空っぽの箱に思い出を詰めた詰めても詰めても隙間が寒い 山口美加代
  ヨーイドンもう一回ねヨーイドン曽孫は走る動画の中を 上村理恵子
  わが生れし日にちは奇数 なにがなし小春日和の温もりの欲し 吉田 和代
  父の出すまあるい煙のドーナッツ吹き消し遊んだ幼のわたし 渡邊富紀子
  マスコミがゴーンゴーンと"金" 叩くお寺の梵鐘ただ静かなり 石橋 謙三
  いと易くメールアドレス五人らの削除の後の想ひは消えず 伊関正太郎
  寡黙なる若き主治医と目を合わせ話すことなく次回の予約 奥井満由美
  九百円値切つて靴を買ひたるがネットで見れば金額同じ 川口 六朗
  持つ者と持たぬ者との端境でこの世の富を捨ててゆく我 古城いつも
  おもてうら見せて紅葉の散り尽くすしずかに土に還りゆくべし 今野恵美子
  ユズリ葉の揺れる山道越える時孤独かみしめ早足となる 佐々木礼子
  大枚をはたいて買いしゴム長は玄関先で大欠伸する 鈴木 純子
  病める日も勤めきびしき日も共に生き来てダイヤ婚 ひまはりの花 清水 典子
  アイヌ語の学校のない日本です そのアイヌ語のフカウヂの里 高貝 次郎
  裏道を行けば長屋の続く路地ひと昔前の息子が走る 南條 和子
  大掃除しなくても来るお正月窓の汚れに両目を閉じる 菊池 啓子
  髪を梳く縁先のわれへ降りそそぐ光の海に心ほどける 中村ま寿子
  シカゴから正月帰省の次男たち蕎麦と寿司とをたらふく食い溜め 山中 貞三
  楽というグレイヘアーを聴き流し黒に華やぐ枯れ方えらぶ 吉川 恵子

◆平成31年 2月号
  もみぢ葉の下照る宴に聞きゐたり満州引揚げ一()の人の 山北 悦子
  人間界脱出したし秋あかね群れ飛べる空今日は蒼なり 渡辺 茂子
  制服のあの子はたぶん後輩でスマホにイヤホンマスカラマツゲ 渡邊富紀子
  青春のあらゆる感情つめ込んだ昔のうたははち切れている 児玉南海子
  七台のモーターボートが浮き浮きと音たて走る休日の河 清水 素子
  靴下を脱ぎて仲間と足湯せり四人の足指ぱらりひろがる 鈴木 純子
  私まで消し去られいん天窓を磨く人の手頭上で行き来す 高田  好
  綿々と広がる家系図見る如く亡母(はは)の曽孫は元気に育つ 高橋美香子
  植物は人を裏切らず老いわれの手塩に応えてくるる鉢花 青山 良子
  一秒も先のことなど思ふなき猫が丸まる日向の中に 臼井 良夫
  関わりの薄き犬蓼ぬすびと萩足に飛びつく哀れ草の実 村尾美智子
  もうずっと本当のあなたを見ていないマスクで隠す知らない口元 森崎 理加
  ハタハタのぶりこを食みて男ども正月集ふ夜長の酒に 伊藤 ゆき
  玄関に狭しとばかり釣り竿の並べるこの趣味亡き夫ゆづりか 今畑 敏子
  思い切り泳いでみたいがままならず水中歩行老体浮かせて 山中 貞三
  めでたくもめでたくもなし文化の日九十三歳他人のようだ 石川  梓
  明治より四世を経たる都の名所ブラタモリめく東京ツアー 伊関正太郎
  きらきらとメダカの泳ぐ蹲踞は秋空すっきり映していたり 浦山 増二
  図書館の休憩室でワンカップ確かな市民度見せて男は 古城いつも
  希望的観測終わり念じえぬ病となれば手術なるとう 渡辺ちとせ
  ワン切りの電話すばやしエジプトを旅する孫の元気のサイン 清水 典子
  赤紙で戦地へ行つて帰還したをとこの唄ふ「湯の町エレジー」 高貝 次郎
  ヤマザキのシール集めて得し皿を投げて割りたる短気くやしも 高田 香澄
  この里に人絶ゆれどもとこしへに宮居の榧の木変らざるべし 友成 節子
  病む我に病む孫預ける娘達選択肢なきが今の時代か 成田ヱツ子
  母と息の距離はそのまま月一度郵便物をとりにくる子は 南條 和子
  それぞれにハードル抱え迷い居る子等の明日を夕日に祈る 松下 睦子
  秋刀魚まつり青きさんま箱の中海が恋しと眼をうるませて 佐藤 ふみ
  未読メール一括削除秋の夜はこだわり事を葬らんかと 髙間 照子
     

◆平成31年 1月号
  本門寺長い石段昇り切り振り向けば秋  亡母(はは) 生れし街 三上眞知子
  労はるることを重荷と思ひたる小さき自負を持て余しをり 渡辺 茂子
  あの窓のひとつひとつにあるドラマ仮の宿りを明るく灯す 児玉南海子
  毎日の嘆きに過ぎぬ歌いくつ手帳にメモし今日締めくくる 佐々木礼子
  バーゲンの幟をたてるペットショップ成犬前の在庫処理とう 高田 好
  また逢ひて結婚しますかと夫に問ふ未だみぬ国の穏しくあらむ 友成 節子
  潤兄(じゅんにい)はここに居ることそのことが生きる理由と子らに教はる 西原寿美子
  古テレビの中なる騒ぎわが家には縁もゆかりもなきハロウィン 橋本 俊明
  眼を離すうちに忽ち暗くなる霜月の空不可思議な空 佐田 毅
  胸板の汗をふかざる白鵬と力を込めて拭く栃ノ心 高貝 次郎
  シューベルトの歌曲を愛すマスターはいづこでなにを偲びつつ佇つ 岩井喜代子
  二〇一五経済誌特集に騒がれしピケティ理論最近聞かず 村尾 道生
  請うような魚の眼に見つめられ振りあぐる出刀一瞬ひるむ 藤峰タケ子
  公園の赤き落葉を踏みながら吹きくる風を存分に吸う 篠原 和子
  可愛いは悲しいと似ていると小3の子の語る口元 森崎 理加
  ほころびを隠したままで少年は風の向こうの湖に問いたり 宮本 照男
  とほき日の片恋おもへり白き雲浮かびて車窓に(ひら)く瀬戸内 山北 悦子
  もう少しほんの少し元気になったら旅に行く筈だった男 山口美加代
  メダカさん七日の留守番ありがたうさあ召しあがれもぐもぐタイム 井手彩朕子
  学校のブロック塀は工事用フェンスに代わり〈危険〉の色に  小笠原朝子
  何にでも付けたい気持ち今日もまた平成最後とバスの旅行く 松下 睦子
  あじさいの藍色しずめにわか雨間奏曲の苦き幻想 渡辺ちとせ
  特攻兵は開聞岳をひとめぐりしては祖国に別れを告げぬ 有田 秀子
  それぞれの身の上話もあるらしく落ち葉は背戸の隅に寄り来る 永田賢之助
  病人は気難しくなりわが心おれそうになる日が増えてゆく 北岡 礼子
  エノコログサ道の片辺に群れ群れて風吹くままに身を委ねいる 国友 邦子
  一ミリも変わらぬ位置に錦帯橋我ら母校も遠くそびえる 高橋美香子
  長崎のお米は甘くて旨いとう孫よ日本はお米の国ぞ 田中 昭子
  ちりちりと日がな一日雨ふりて冬を誘う霜月に入る 中野 悦子
  桃色の三葉の花にシジミ蝶とまる止まらぬ思案の戯れ 南條 和子

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