批評特集 歌集紹介
成田ヱツ子 歌集 『馬に乗つた狐』
角川学芸出版(平成24年2月)  新輯覇王樹叢書第218篇

◇「DNA」に思う――
  阿 部 京 子(黄鶏)

 歌集を頂いたとき、このユニークな書名に興味をそそられない読者がいただろうか。そして、読後誰もが、書名決定の趣旨に納得した筈である。
あとがきによると、小林周義氏の指導当初の一言であったという。余程鮮明な印象をもたれたのであろう。私も劣らぬ強烈な印象を与えられた。また加えて装丁の面白さも読む意欲をそそる一因をなした。
兎に角明るい。深刻であった筈の作品でも明るく清々しい。思うに作者の本質がそうなのであろう。一面識もない私が、言うのはどうかと思うが、自信を持ってそう言いたくなるのだ。そして、読後こちらも極めて爽快になり、はたと膝を打ちたくなる多くの作品に出会った。
簡潔なあとがきにも好感が持てる。ここにも作者の個性を垣間見ることができた。また白・朱・青・藍・玄という色別の章は、余人には慮り得ない作者ならではの思いがあるのだろう。これは読み手に預けられた課題の一つとして、各章の編集の意図を推理しながら再読への期待を抱かせる。
佐田毅氏の「跋」に作者の経歴は詳しいがやはり作品を直接観賞することで、佐田氏の述べられた輪郭は一層濃く縁取られ、彩られて行く。また佐田氏の抜粋された作品には愛情が籠められて、これ以上の理解者はいないのではないかと思うのだが、作品全般には多くの感想、批評が寄せられる筈なので、一点に絞って、心に響いた一つを観賞してみたい。
それは青の章の最後に置かれた「DNA」の十六首である。よく「孫の歌は詠むな」などと言うそうだが、誰がそのような乱暴なことを言ったのか。余程陳腐な歌に出会った人の言としか思えない。ここに並ぶどの一首をとればそのような事が言えるだろうか。

信仰心薄きが後ろめたけれど無事の出産ただ神頼み
世の人の言ふ幸せに及ばねどほどほどの幸を孫得て思ふ
みどり児の喩へやうなき柔らかさ娘はゆつたりと胸を展げる
慈しみ育てし吾娘は初めての子を得て突然母性発揮す
子育てのハウツウ本の世に溢れ我が経験など聞かるる事無し
未来へと流れの続く親潮に今日あるわが身また揺さぶらる

 喜びあり惑いあり、そして最後に大きな希望と生き甲斐を素直に泳いあげて閉じられた。その後の成長は開かずとも、この深い愛情に包まれた命の輝きは分かる。章が進むにつれて、身辺の変化と共に心情もまた深化を見せて、反芻しながら読ませられる作品が増えていく。当然環境の変化や健康上の問題が作品のベースに据えられて行くが、歌材の質や範囲は広がり、個性の面白味は、年齢とともにし深められていく。
著者のこれからの作風には、更に味わい深い境地の開拓を示されるであろうことを期待し、貴重な一冊から得た刺激を、私自身への励ましとして感謝しつつ筆を擱く。

◇率直な人柄がうれしい
  小 山 と き 子(新炎短歌会)

 成田ヱツ子さんの第一歌集『馬に乗つた狐』を読み解くという幸運に恵まれました。先ず歌集名の 『馬に乗つた狐』?…大丈夫かな、などとつぶやきながらカバーの狐と対面、この絵も著者の直筆とのこと。先ずその行動力におどろきました。内容に触れて即目から鱗、読み進むうちに感性、知性ってこのことなんだ、と知らされました。そしてその感性を花聞かせた努力に感動しました。
 作品にふれてみます。

①お互ひに見つめ合ふこと無き夫婦男びな女雛よ寂しからずや
②熱き血のたぎりし頃を想ひつつ初老の夫の居眠るを見る
③このホーム終の栖と決めたるかわが母若き時を語らず
④我の名はぽつかり忘れてゐる母と三時のお茶をニコニコ飲めり
⑤只々に死を待ち望む老い母に長生きせよと言ひかねてをり
⑥花嫁の用意忙しき母我に夫の一言妬心を含む
 集の中程に夫婦の機微を詠まれていて興味深く拝見しました。その一首一首が語られる中で作品①に見られる作者の温かい人柄が逆照射されていて味わい深い一首となりました。 ②ここでも夫に向ける日差しが温かい。ほんの少し寂しさも思わせて。③若い日のことを敢えて語ろうとしない母上に言葉がない。作者の思いが伝わる一首。④温かい陽ざしの中の風景が美しくそしてかなしい。⑤これも短歌という領域で語ることの出来る心の襞でしょうか。避けて通れない別れの時が来るのです。⑥この時の父親の寂しさを作者はどう受けとめたのでしょうか。デパート巡りも家具屋さん巡りも母親の特権のように嬉として出かける姿を見送るご主人の姿も見えて来ます。
次に五首挙げてみます。

①腸を抜き皮を剥ぎ取り身を刻む哀れみ持たば主婦なりたたぬ
②信管を抜かれてしまつた爆弾を胸に抱きつつ初老期に入る
③ブレーキを持たざる人と言はれつつ休まざりしを悔やむ蕁麻疹
④掻く事もくしやみもできぬ仁王像蜘蛛一匹が鼻に巣造る
⑤仁王像に巣造る蜘蛛は仏罰も知らず夜に日に殺生犯す

 ここに抄出した五首は何れも作者の優しい内面と洞察力の花開いた佳作と思いました。短歌に対するなまなかではないものを随所に見せております。①ほんの少し気味悪いそして少し残酷な行いも、私はしますよ主婦ですから、と開き直ってみせる。と思うと、②とても複雑な心境を大胆な比喩に託して詠み上げておられ、どきっとさせられます。③この作から何となく表題の世界を思いました。内省的なものが斬新な表現に変る。何となく作者のやったーという得心の笑顔も見えるようです。でも体は正直なものです。しっかり警鐘を鳴らしてくれたのでしょうか。④⑤この二首には思わず笑ってしまいました。しかしこの小さな事象も作品化してしまうあたりさすが作者です。常に感性を全開にしている作者が見えます。一首一首必ずしっかりした対象があるのです。感性のひびき合う美しい世界に遊ばせて頂きました。今後のご健詠を祈ります。


◇鋭い人間観察――狐と馬の駆引きを読む
   千々和  久幸(香蘭)
 『馬に乗つた狐』とはなかなかにユニークなタイトルである。およそ野次馬の好奇心を擽るに十分で、この美味しそうなアレゴリーを見逃す手はあるまい。歌集を開く前から興味の中心はそこにあった。「狐が馬に乗つた歌」とはいったいどんな歌なのか。その手掛かりは次のような作品にあった。

わが一生を夫の書きたるシナリオに従ふふりのわれの従順
縺れ合ひ凭れ合ひつつ咲いてゐるコスモスの花世渡り上手
死ぬ時の相手は自分で選びたし暴風直前のセスナの離陸
捨て鉢のわが反撃も効果なし夫の術中に逃れやうなく
夫は夫われにはわれの人生と割り箸パチンと音立てて割る

 もしも狐と馬を夫婦という世界に限定して読めば、いずれが狐(人を騙す妖怪)でいずれが馬(不羈奔放な馬)なのか、というところに帰結する。本来同体である筈のない狐と馬が同体のふりをしたり、入れ替わったりその変幻自在、虚々実々の駆引きが愉しめる。
 建前通り読めば第一首目、第四首目は夫唱婦随、第二首目はニュートラルに見えながら実は巧妙な婦操夫随、第三首目は願望の中にある婦唱夫随。そして第五首目はフェイントをかけた婦操夫随。なかでも注目すべきは第二、第三、第五首に見る人間観察だ。
 第二首の「縺れ合ひ凭れ合ひ」咲くことが常のコスモスの花を「世渡り上手」、と人間化して観察する。こう見えるのは作者がコスモス以上に「世渡り上手」であることを教えてくれる。第三首、この非情な眼は情操とは無縁の人のものだ。嵐に抗して離陸することも厭わぬ強靭な意志を持つ作者を思わせる。第五首、作者はまたどんな場合も割り箸の音よりも小気味良く、爽やかな生き方をする合理主義者に違いあるまい。
 これらの作品には夫婦の有り様を世の常の人情噺から救出する、したたかで鋭い眼がある。そこに詩の萌芽がある。ところで狐と馬をさらに広く読者との駆引きへ転化させた作品を見てみよう。先師に「狐が馬に乗つた歌」と言わしめた系譜に繋がる作品である。

良妻にも悪妻とてもなりきれぬわが目に蜜柑の汁とび込めり
甘海老の青き卵を引き剥がす来世は何に生まれかはるや
失くしたる縫い針一本夢に出で不意にわが手を刺す夜のありぬ
秋あかね眼に沁みとほれ泣きはらす程の悲しみ未だ知らざる
立つことも伸びすることも儘ならぬ奈良大仏の住宅事情

 生ぬるい身辺詠にはない、意表を突く発想がスリリングだ。
第一首、かかる自問の前では流石の作者にも蜜柑の汁はいがらっぽいのだ。第二首、境涯詠に傾れず自己と向き直っているところに新鮮味が出た。「青き卵」が生の原初を探り当てている。第三首、所詮夢だがこれは現の身を刺す恐い夢、痛い夢だ。第四首、悲しみが無かった筈はない。そのことを忘れさせる澄明な空気の中に佇んでいる。第五首、奈良時代を現代に移せばこうなる、というのだ。
狐に水掻きがあっても馬に翼があっても良い。「覇王樹」に異色の作家の誕生を喜び、このさき作者が小さな枠の中で上手い歌を作らないことを祈らずにはいられない。

◇歌集『馬に乗つた狐』をよんで
   岩 井 喜代子
 『馬に乗つた狐』、自然に笑みがこぼれるような楽しい題名。本のカバーは、作者がお描きになった楽しく・美しい、魅力的な狐の絵。それを見つめていると、限りなく楽しい歌集を開く前から、楽しい雰囲気にひきつけられて、一気によませていただいた。

①耐へ忍びやうやう築けるこんにちを一笑に付すこれが我が子か
②同性の吾子遠慮なき口調にて体型崩れしわれを揶揄する
③母さんのやうな女になるまいと叱責のパンチ手加減のなし
④わが過去を美化して話す苦労話聞き入る吾子も割引きをらん
⑤反抗期永かりし子は嫁ぐ日の決まりて俄に素直となりぬ
⑥あれこれと取り越し苦労の母われを置きて娘は嫁ぎ行きたる
⑦青空に白無垢姿の吾子映ゆるこぼれんばかりの笑顔を見せて
⑧少女より女へ変はる肌の張り母なる女のわれにはまぶし

  右は母と娘の姿を詠った作品であるが、多くは「青の章」でよませていただいた。
①②③は娘からの揶揄であるが、うなずく外のない母親のしおれた姿。④は母親の苦労話が自慢話に、娘の心も察しながらの得意な母親の姿が。⑤⑥⑦は嫁ぐ娘の素直さ・美しさに感動する母親の姿。⑧は娘の美しさがまぶしい。それぞれの作品から、娘のいとしさ・かわいさ・葛藤・羨望等々、母親の複雑な裡が軽妙に表現されていて、心を打たれる。
主婦としての生活や心境も複雑である。

①自立する女に遠きこの暮らし何にもなれない何もできない
②孫優先 姑優先 夫優先 花優先の後に我あり
③舌みこめば裡に溜まれる想ひあり胸を破りて出る事あらむ
④右向け右有無を言はさぬ夫なれば顔のみ我は従つて来ぬ
⑤わが裡に「金妻」も棲むと脅せども夫とりあはず大あくびする
⑥夫は夫われにはわれの人生と割り箸パチンと音立てて割る

 ①②は主婦の嘆き ③は主婦の悩み ④は主婦の面従腹背 ⑤夫へのユーモラスな揶揄 ⑥主婦の生き方への決意をユーモラスに。専業主婦の心のありようや生き方、したたかさ、しかし家族のために生きることを第一義にした主婦の姿が、いきいきと表現されて印象深い。
自然詠も個性と発揮されて興味を誘う。

①逆らはず風をそのまま受け流すしだれ桜の長寿の秘訣
②啓蟄を待てずに蜂ら働けり虫は世間の人に合はせる
③未練なき世と思ひしか銀杏黄葉 散りて一夜に黄の道つくる

最後に次の二首をあげさせていただき、終わりとさせていただく。

①これ程に輝く日々のありしかとアルバムに見る十八の我
②衣食住足り家族も足りて尚何かたらざる物のあるや爪切る

 ①輝く十八歳。②すべてに充足されて、尚足らざるを模索する。人生を真剣に生きてきた、今後も真剣に生きようとする姿が彷彿とされる。人生に対する真撃な姿や生き方が軽妙に表現された、楽しく感動的な歌集である。

批評特集―覇王樹2012年9月号転載
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