批評特集 歌集紹介
大森孝一 歌集 『峡の夕映え』
現代短歌社刊(平成25年3月) 新輯覇王樹叢書第222篇

◇歌における感受性と青春性
   川 口 祐 二(エッセイスト)

 大森孝一さんは一九二二年、つまり大正十一年生まれの歌人である。まだお目にかかる機会を得ていないが、その歌歴は三十年と長い。この度の第二歌集『峡の夕映え』を一読して、その若々しい感受性に感銘した。
若々しいというのは、橋本俊明さんが巻末に書かれた「跋」の中にある、「作品のもつ青春性」に通じよう。
巻末近くの「みちのくの海岸」の時宜にかなった何首かに、私は心惹かれた。その第一首目。

・黒潮は横一線に盛りあがりやがて修羅場の惨三・一一

 など、絶唱というべきであろう。
みちのくの歌人中村ときさん(大正九年二月生まれ)の作に、
 ・半島の付根の浜に両側の湾より津波せめぎ寄せたり
の一首がある。「両側の湾」というのは、岩手県山田町の、北は山田湾南は船越湾をいう。私は、「黒潮は」で始まる大森孝一さんの一首が、山田町船越湾の仮設住宅に寝起きする老歌人のこの一首と、どこかで呼応しているように感じられてならなかった。

・野に在りてこそ愛しけれ慎ましき野菊の淡き香に唇寄せる
・秋闌けて季も姿も整へりいざ筆執らむむらさきしきぶ
・秋霖に相合傘の母と娘が野菊手向ける辻の庚申

これらから受ける恥じらうようなしなやかさ。これこそ青春性というものであろう。

・ゆく夏のひと日の終焉雲晴れて風なぎ渡る峡の夕映え

 その夕映えを見たいと思う。

  ◇歌集と装幀 大森氏の歌魂
   衣 斐 弘 行(作家・僧侶)

 浅野弥衛(一九一四~一九八六)の作品を使った装幀や装画本は古くは戦前の木全園壽のエッセイから今春出た東俊郎の詩集まで数十点はある。また、文芸雑誌「海燕」や同人誌「北斗」などを数えれば百は下らない。
そんな中に三十年余も前に刊行された『五味康祐全集』(全十巻新潮社)がある。その五味康祐の時代小説「薄櫻記」が昨年テレビで放映されアトリエ解放の際、見学者の多くが絵よりもこの本に関心を示したことだった。丁度そんな頃、畏友橋本俊明氏から歌集の表紙に浅野作品を使いたい、という相談を受けた。
 それがこの度の大森孝一氏の第二歌集『峡乃夕映衣』であった。橋本氏の話を聞き私は実弟がかつて名古屋の画廊で購入したパステルの作品のことを頭に浮かべた。その作品が歌集のタイトルに一番適うのではないかと思ったからである。作品は一九八〇年代のもので、浅野が鈴鹿川の夕焼けをイメージし描いたものであった。浅野には珍しく横長の作品で弟はその頃、鈴鹿川が眺められる堤防沿いに家を建築中で画廊で見て気に入り購めた。
 その後歌集の体裁等に関してすべてを橋本氏にゆだね今年四月、大森氏から歌集が贈られてきた。以前、山中智恵子先生が宗像ちゑという筆名で『星暦』という詩集を出されたとき装幀に浅野作品をもちいたが歌集はこの『峡乃夕映衣』が唯一であった。手にし拝読の前に早速浅野の霊前に歌集を献じ香を焚いた。
それから拝受した作者大森氏の歌を読みながら、或いはと思ったことがある。それは昨年春いただいた「覇王樹三重(№110号)」に〈美杉路〉十首を寄せておられたのが大森氏では、ということだった。この号を手にした日、たまたま美杉町に住む田中剛氏夫妻が来られ美杉を舞台にした『道順・その光景』という小説集を置いていかれた。そんなこともあって〈美杉路〉十首を感銘深く記憶していたのである。
 今回の歌集にはそのときの、真ん前でマフラー外した襟首の白さが惑はす大法要会の一首が収められている。

 ともあれ歌集を拝見して大森氏の多方面に亘る向学心、殊に社会批評やその反骨心には驚かされる。
 大森氏は浅野より八歳年下だがその根幹には戦争体験を共有していて、それが作歌の気骨となっている。また、大森氏はその人生体験のなかで到底私どもには真似できない来し方を短歌を媒介に詠んでおられる。第四章の〈素朴な疑問符〉以下からはそれまでの日常詠と趣を異にした大森氏の真骨頂が吐露され秀歌が続き歌魂を見る思いがする。若々しい感性と現代社会に向き合う氏の姿勢に年少の私どもが気圧される思いがする。このことは、既に巻末掲載の橋本氏の懇切な解説にも述べられている。
 最後に、これらの思いとは別に惹かれた歌を紙数の都合で僅か三首のみだが掲げておきたい。

・雪の夜は樟脳匂ふ褞袍着てしみじみ歌ふ「妻を娶らば」
・如月はあなたが嫁し来て逝きし月共に提灯に先導されて
・人等去り秋風立てば逆縁の母が打ち伏す慟哭の時


  ◇闊達なる精神
   鈴 木 竹 志(「コスモス」同人)
巻頭の一連「老の坂道」に、次のような作品を見つけて、私はこの歌集の評価を決めてしまった。いや、正確に言うなら、大森孝一という歌人の評価をこの一連の作品だけで定めてしまったということになる。

・老いて子に従ふことの戒めもあれど揺るがぬ男の矜持
・夕暮れの人生後期高齢の別枠給はりうろたへもなし
・独り酒子等への愚痴も呑み込んで壁掛鏡に己れを探す
・梅雨寒の夜は亡き妻のベスト着て嵌らぬ釦に苦笑を洩らす
・何時よりかメモなど要らぬ主夫となりスーパー迷路に獲物を漁る
 老いを認めつつも老いには屈服する気はさらさらないという強い意志がどの歌からも読み取ることができる。一首目「揺るがぬ男の矜持」がいい。こういうフレーズが現代の歌人からは忘れ去られて久しいが、この歌には過去の遺物などではない「男の矜持」がある。二首目の「うろたへもなし」、三首目の「愚痴も呑み込んで」もともに羨ましくなるほどかっこいいではないか。自分の身におきかえてみると、到底無理な気がする。こうはできない。うろたえるばかり、愚痴を言うばかりだろう。四首目の「苦笑を洩らす」という自己の客観化もいい。五首目は、まさに老いに屈しない自立の生活そのものである。
 これらの歌の源は、年齢とは関係のない若々しい精神によるのであろう。硬直化することのない柔軟な精神の活動があるのである。闊達なる精神に裏打ちされた作品の魅力は尽きない。このことをさらに実感したのは、巻末近くの原発を詠んだ作品である。東日本大震災による復興は遅々として進まないが、中でも福島第一原発は、廃炉に向けた行程表により作業が続けられているが、そもそもメルトダウンした核燃料がいかなる状況にあるのかさえ分かっていないのだから、到底安心を得ることはできない。「素朴の疑問符」では、次のように原発が詠まれている。

・この国に優しき熱源と囃されし核の安全神話の脆さ
・みちのくの鄙の浜辺を揺るがせて得体の知れぬ科学の魔性
・美しき国土も平和も蓋取れば燃ゆる 火核(ひだね)の上にありたり
・需要地の近き辺りに出来ざるを打ち証したり原発立地

 ここに挙げた五首を含めた一連十九首は、いずれも厳しい原発批判の歌である。もちろん、独断的な歌ではなく、読者が十分首肯できる歌ばかりである。作品紹介としての完成度も高い。政治家と御用学者によって、あの三月十一日の前までは、私たちは原発は安全だと思わされてきた。しかし、決して安全なものではなかったことを思いしらされた。その思いがこれらの歌に詠み込まれている。静かな怒りの充ちた一連である。
 最後に特に感銘を受けた三首を挙げて、本稿を終えたい。

立ち寄れば愛想上手な帽子屋に諭され早目の夏帽を買ふ
米寿とは一つの区切り古き酒捨てて袋に新しき酒
歴戦の古武士創痍の身の如く古梅が咲かす一枝の花


◇「気魄」の歌人
   森 下 達 也 (「金雀枝」同人)
 この歌集『峡の夕映え』全体を通して、先ず私は底に流れる「気魄」と「主張」を感じとるのだが、それは何処からくるものであろうか。恐らくは、著者大森孝一氏が大正十一年のお生まれで、あの大戦を渾身の力で乗り越えなければならなかった世代であることと無縁ではあるまい。橋本俊明さんは跋文の中に、曽て新聞の選歌に際して出合った氏の歌を三首取り上げておられるが、そのうちの二首※と、本歌集の中の往時の回想詠三首を左に掲出することとする。

※降りたちし焦土博多の夕風に真白きエプロンのみ目に染めし
※露営の火を囲めば湧き出づる鎮魂歌骨抱く兵のその後を知らず
・草深き勲功の碑に額づけば襤褸の兵がまなうらに顕つ
・アリランの曲の流れに唱和する老いわれありき戦野は遥か
・南海も太平洋も大陸も遂に吹かざり神風神話

  氏は、終戦後外地から復員し、博多港に上陸されたものと思う。船のデッキから近付く祖国の大地を食い入るように見ていた若き姿が目に浮かぶ。紙一重で生か死か運命の分かれる時代を越えてきた著者であることを心において、この歌集を読みたいものである。

 歌人大森氏のすぐれた特質の一つは、ご自分の主張を敢然と表出されることである。私もどちらかといえば主張を出す方であるが、氏の明快さにはとても及ばない。左にその一部の歌を紹介させていただく。

・産油国のご機嫌一つが左右する消費天国この国の惨
・子を捨てる公設場所さへ現れて暗き未来の予兆かなしも
・豈図らむマンネリ野党が席を得て何故か朝貢百四十人
・美しき国土も平和も蓋とれば燃ゆる火核の上にありたり
・遠からずゴビの黄砂も北風も核の塵連れ来るらむ屹度

  私はかねてより、世界や社会の出来事に、歌人はもっと触れるべきと考えてきた。短歌の本質とは少し違うという人もいるが、人の命と心に遠慮会釈もなく踏み込んでくる出来事を、避けて通れる筈もないだろう。

 氏の作歌活動の対象は実に幅が広い。『峡の夕映え』という題に象徴される自然詠、国内国外の多くの旅行詠、漢詩の素養が描く歴史や風土、その他様々である。

・生き過ぎし柱時計も己が身も遅れ加減が可笑し独り居
・夕映えに明日への希望計るべし夜の帳の迫り来るとも
・共存は所詮そら言防獣網囲ひの中の人のいとなみ
・訪ぬれば留守居の猫を閉ぢ込めてガラス戸映す雪の遠山
・漆黒の反り屋根の下ゴビの夜は鳴砂を朱に染めて明け初む

  最後に私事で恐縮であるが、私も昭和二十二年の早春大連から引き揚げて博多に上陸したのであった。現在八十二歳、著者より勿論後輩であるが、旧制中学三年になっていたからソ連軍占領下一年半の記憶は猶鮮烈である。 大森孝一兄のご健勝を心から祈りたい。


◇峡の夕映え  
  古 川 光 代(「洒水」代表)

 齢九十歳の大森孝一氏の巻頭のなかの一首「老いて子に従ふことの戒めもあれど揺るがぬ男の衿持」から始まる第二歌集である。
長い人生のなかでの苦しさ、辛さを体験なさった著者ならではの、ゆるがぬ信念に基いた感慨に心を打つ。それは、悲惨な戦争、愛妻を冥府へ見送られた事の体験が底辺にひそんでいるからではなかろうか。
繊細な感情と豪放磊落な気性を併せ持たれている前向きな姿勢の著者。独り暮しはさぞ御不自由で難儀な事も多かろうと思われますが、それさえ難なく感受して「閑雲野鶴」の境地で励まれていられる姿が彷彿とする。

・独り酒子等への愚痴も呑みこんで壁掛鏡に己れを探す
・何所よりか噂流れて出るくさめ大き二つの後の爽快
・躓きは明日へのステップ終点はまだ雲の果ていざ酒容れて
・いつよりかメモなど要らぬ主夫となりスーパー迷路に獲物を漁る
・梅雨寒の夜は亡き妻のベスト着て嵌らぬ釦に苦笑を漏らす
・夕映えて裡に昂ぶる誘ひにいざ整へむ旅の身仕度
・ゆく夏のひと日の終焉雲晴れて風なぎ渡る峡の夕映え
・咲くも佳し散るはなほ佳しもののふの心伝へし万朶の桜
・沢蟹を宿す水辺の蕺草(どくだみ) の花叢残し夕闇に入る
・自然型がわれの生き様存へて日日是好日歌詠みつづく

 歌集は、第一章から第四章に構成され、旅行詠、叙景歌、社会詠、その他日常さまざまな作品から成り、内容の濃いものが多く散見される。著者は、漢詩を練達なさった方だけあって、独自の把握に根源があるように思われ、血の通った骨太さと、努力に外ならないと思われる。
特に、第四章の歌群のなかの歌の幾首かは著者の慟哭の声が聞こえるような心地がして胸が痛む。たやすく批判することさえ許さぬ歌であるように思われる。

・ラーゲルで蝋燭の灯を分け合ひて廻し読みせし「続若い人」
・留どなきささくれ心の異境にて人心戻り来定価一円の書
・汗の臭ひ詰めしリュックに忍ばせて海を還り来廃書一冊
・「死んで還れ」歌ふ軍歌の夢の母夜営の背を夜露が濡らす
・海峡の向うの国は遠かりき母恋ふ青年積年の旅
・この国に優しき熱源と囃されし核の安全神話の脆さ
・美しき国土も平和も蓋取れば燃ゆる火核の上にありたり
・遠からずゴビの黄砂も北風も核の塵連れ来るらむ屹度
・黒潮は横一線に盛り上がりやがて修羅場の惨三・一一

 誌面の許す限り、沁々と共感させられた歌をあげ、私の拙い稿を終わることとしたい。著者の一層の御健詠をお祈りする。

批評特集―覇王樹2013年10月号転載
このページのTOPへ